北斗晶 乳がんで右乳房を全摘出。2人の子供の髪が白髪になるまで生きてたい!を胸に闘病を決意

北斗晶 乳がんで右乳房を全摘出。2人の子供の髪が白髪になるまで生きてたい!を胸に闘病を決意

北斗晶(ほくとあきら)本名・旧姓:宇野久子(うのひさこ)

1967年7月13日生まれ、O型。埼玉県出身。

元全日本女子プロレスラー。本名をリングネームとして使っていた。

1985年に札幌の中島体育センターでデビュー。デビュー当時

から強く連戦記録を持つほど。同年、新人王決定戦で準優勝、

年末の女子プロレス大賞で最優秀新人に輝いたが、2年後の

1987年首の骨を骨折。かなりの重症で寝たままの状態で

数ヶ月過ごし、医者からも引退勧告をしたが、それを振り切り

待っているファンを裏切る訳にいかないと復活する(当時、医者

には後遺症が残り、30前後には身体の自由が効かなくなると

言われてたほどの重症だったらしい)。翌年、リングネームを北斗

晶と変え、マリンウルフ(鈴木美香とタッグを組む)を結成。

1989年には歌手デビューをするほどの人気に。1993年

から1997年くらいまで神取忍との激しい戦いを魅せ、デンジャ

ラス・クイーンと呼ばれ、試合後の毒舌のパフォーマンスで人気に。

一方、アントニオ猪木主催のスポーツと平和の祭典で今の旦那様

健介と出会う。1995年に結婚、1998年に長男を出産。

一時リングを降りるが、翌年の1999年には復活。日本初の

ママレスラーになるが、3年後不慮の事故で亡くなった親友が

きっかけとなり、2002年4月に引退。当時、夫の健介の団体

があまり運営状態が良くなく、専業主婦のかたわらマネージャーと

してプロレス界に復帰。時々、参戦もあったらしい。そして、今や

バラエティー番組にも出演し、”鬼嫁、肝っ玉母さん”として、

人気になり、雑誌やドラマ、CMまでも活躍の場を広げて。。

これからって言う時に、乳房の異変が起きた。今どきこんな

ストレートに実直に言ってくれる人はいない貴重な存在の人が

まさかのガン。しかも女性にとっては精神的負担の大きい乳房の

全摘出。これから長い闘病のため、15年間伸ばしていたキレイ

な髪もバッサリ切った。。乳房だけは何とかしてくれと医者に懇願した

らしいのですが、リンパまでガンを考えると胸の執着よりも生きること

に執着してくれとの一言で目が覚め、子供らが白髪まじりになるまで

生きたい。子供らの成長を見続けたい。と思ったそう。しかも、仕事

においては、すべての仕事をこなしてからの入院生活に入ったという

のだからオドロキは隠せない。戻ってこれるかわからないから、”また”

だけ言わせて下さい。なんてある程度のことは覚悟の上でのこと。

またいつぞやかの様にどんな形になっても復活を願いたいものです!


引退時のインタビュー

辻希美を気遣う北斗晶。。感動!

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